このブログに訪問いただき、ありがとうございます。
2007年も、あとわずかとなりました。
この一年はどんな年だったでしょうか?
私にとっては、“気づきと学び”の年でした。そして多くの出逢いをいただいた年でもありました。
さて、今年最後のブログになりますが、今回は東洋医学の根本思想について身近なところからお話したいと思います。
わたしたちの生命の源泉は大宇宙である天に由来しています。ですから、わたしたちの命は天から与えられた寿命であり、それを天命というわけですね。
天はどこまでも無限で無形です。ここが気の世界です。
その大宇宙に、太陽を中心にして太陽系の惑星が生まれました。
わたしたちは太陽系の惑星である母なる大地、すなわち地球の上に肉体を与えられ存在しているのです。
地は形ある現実の世界、物質の世界です。これを東洋医学では“血”の世界と認識しています。
血というと、一般的には血液ととらえてしまいがちですが、気が無形のものを象徴しているのに対して、血は形あるものを象徴した表現なのです。
そして、天と地の間にわたしたちは存在しています。人の世界がここにあります。
わたしたちの体の60%は水です。東洋医学では、これを津液(しんえき)と呼んでいます。そして、人は精神をもっています。
このようにして天・地・人が完成します。
「人体は小宇宙」と言われるように、人には天・地・人の要素がすべて含まれていると認識しています。そのため、東洋医学では気・血・水(津液)のはたらきを重要視しているのです。
この天・地・人の考え方を“三才思想”と言います。
さて、これを人の誕生から考えてみましょう。
あかちゃんは、生まれた瞬間から呼吸が始まり、
「オギャー!」
と泣きますね。これが数えの一才です。
それから数か月後に寝返りし、ハイハイするようになり、立つようになり、そして一才前後で歩くようになりますね。
ここで姿勢が完成します。数えの二歳です。
そして、言葉を覚え、おしゃべりするようになり、自分の意識を持つようになります。
ここが数えの三才です。
一才は天で呼吸、二才は地で姿勢、三才は人で意識が生まれ人としての本質が完成し、これが寿命をまっとうする百才まで続くというわけです。これが、“三つ子の魂、百まで”ということですね。
そして、呼吸と姿勢と意識、これが、すなわち天(呼吸)、地(姿勢)、人(意識)の三才思想です。
呼吸は止まってしまったら、すぐに死んでしまいますね。
ですから、呼吸は生きる、つまり生存価値や存在感と密接なつながりをもっています。つまり、生きがいややりがいと関係しているのです。
姿勢はただまっすぐに立っているというだけではなく、心構えを表しますね。
ある物事に対して、「どんな姿勢でのぞむのか。」というときの姿勢は、心構えのことですね。
そして、意識。これには顕在意識と潜在意識の二つがあります。
私達が向かう”方向性を決めるのは意識(顕在意識)”、それを”実現させるのは無意識(潜在意識)”というわけです。
これは、すべてのことに通じていますね。
スポーツにしても、楽器の演奏にしても、仕事に取り組むにしても、すべて呼吸と姿勢と意識の三つが基本になります。
それぞれの立場や分野で、このことについて考えてみられると、いまの自分からさらにステップアップすることのできるヒントが得られるのではないかと思います。
今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
最後に応援の一クリックお願いします。
ここをクリック→
人気blogランキングへ ありがとうございました。
このブログの現在のランキング順位は、ここでご覧になれます。
→
サイト情報 また、このブログのサイトマップは以下をご覧ください。
→
ブログ記事サイトマップ
- 2007/12/30(日) 14:34:12|
- 鍼灸
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0
このブログへの訪問、ありがとうございます。ひさしぶりの書き込みになりました。
さて、言葉の持つ気のパワーについて、お話したいと思います。
日本語というのは、言魂(ことだま)といって、言葉には魂(たましい)がやどっていると言いますね。
そして、それは同じ音の言葉同士を引き合う性質を持っています。
同じ波長で引き合うということなのでしょう。これを“同気相引く”と言います。
例えば、“思い”悩むという思考は、“おもい、おもい、おもい…”から“重い”に通じ、ほんとうに気分が重くなりますね。
想い悩むというのは東洋医学では脾臓(膵臓)のはたらきの内的損傷によるもので、外的な損傷による場合は湿気を受けます。
この湿気を受けると、体が“重く”感じられます。
つまり、内的にしても、外的にしても、とにかく脾臓が傷つくと、“重い”になるわけです。
それとは対照的に、“生き生き”しているというのは、“イキイキ”で“息息”し
ているということだと思います。
つまり、それは肺のはたらきが充実している表現ですね。
肺はそのはたらきが止まれば即死につながります。
ですから、肺は、生きがいや生存価値、存在感といった臓器意識をもっているわけです。
自分の仕事にやりがいや生きがいを見出し取り組んでいる人は、“生き生き”しているのです。
そのはたらきは、肺ですから、そういう人は、名前を呼ばれると、
「はい。」
と大きな声で、はっきりと返事ができます。
これもわかりました?
そう、“はい”という返事も、“肺”と音が同じですね。
これはオヤジギャグではないですよ。(笑)
肺の魄が充実している人は、気力が充実していますので、大きな声で“はい”と返事ができるのです。
授業で出欠をとっているときに、学生の声を聞いていると、その人の肺の気力の度合いがよくわかります。
反対に、気分が落ちているときには気力をあげるために、意識して
「はい。」
と大きな声を出してみるのもよいですね。
もちろん、ほんとうに病気で辛いときには、返事をするのもおっくうになりますから、よく理解できるのではないかと思います。
今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
最後に応援の一クリックお願いします。
ここをクリック→
人気blogランキングへ ありがとうございました。
このブログの現在のランキング順位は、ここでご覧になれます。
→
サイト情報 また、このブログのサイトマップは以下をご覧ください。
→
ブログ記事サイトマップ
- 2007/12/14(金) 20:20:07|
- 鍼灸
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0