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さて、東洋医学の特徴のひとつに、“心身一如(いちにょ)”を挙げることができます。
東洋医学では、心と身体を一体としてとらえているということですね。
それは、身体の中枢となっている五臓の内に、精神をやどしているととらえているからです。
肝には魂(こん)、心には神、脾には意・智、肺には魄(はく)、腎には精・志がそれぞれやどっていますね。これを七神と言います。
今回は、そのうち脾にやどる意・智についてお話したいと思います。
智とは智慧(ちえ=知恵)のことです。
仏教では智慧には分別智と無分別智の二つがあると言っています。
私たちが日常生活の中で判断したり、考えたり、また認識したりする力が分別智(ふんべつち)です。
この分別智(ふんべつち)は迷いや悩みを生じさせますので、虚妄分別とも言われます。
つまり、ここから、脾の感情である思慮が発せられるというわけです。
一方、真実を見抜くための智慧が無分別智(むふんべつち)です。
ですので、脾に備わっている智とは、この無分別智(むふんべつち)ということになります。
普通は、物事に対して分別がなければいけないと思われがちですが、真実は逆なのですね。
それでは、ここからは脾のはたらきから考えてみましょう。
脾は営(栄養)を貯蔵し、運化をつかさどります。
つまり、飲食物を受け入れ、消化・吸収し、栄養を運ぶというはたらきです。
東洋医学では、飲食物というのは広義には自分が受け入れる、あらゆるものを指しています。たとえば、生活環境、職場環境、人間関係などもそうなのです。
脾に無分別智(むふんべつち)が備わっていれば、この脾の運化によって偏りなく、何でも受け入れ食べることができるのです。つまり、好き嫌いがないということです。
自分の置かれている状況を受け入れることができたり、環境の変化に順応することができるのもそうです。
ところが私たちは分別智(ふんべつち)によって支配され、食べる前には、
「○○は食べたくない。」
であるとか、
「××はおいしくない。」
などと拒絶したり、また
「○○はおいしいから好き。」というように、好き嫌いで価値判断をします。
この分別智(ふんべつち)を生じさせる脾のこころを意というわけです。
意見とか、意識、意志などといった言葉がありますが、すべて自分を中心とした思考、判断、認識推理、想起などですね。
ですので、その意は、我と表裏いったいになっているのです。
脾にやどる意が小さいほど無分別智(むふんべつち)がはたらき、真実を見抜く力が備わります。
一方、意が大きいほど分別智(ふんべつち)がはたらき、その結果想い悩むといった感情が生まれてくることになるのです。
次回は、なぜ思い悩むのかについて考えてみたいと思います。
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鍼灸師になろう!
- 2008/05/11(日) 21:29:53|
- 鍼灸
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